プラットフォームはどこまで流用?

「プラットフォーム」という概念が一般化してきたのは思いのほか最近である。

つまり、80年代から90年代の中盤ごろまでは、車の土台となる部分を「プラットフォーム」という言葉で解釈するのではなく、フロアパネルやシャシー、サスペンションなどの個別の部位の集合体として捉えている。

例えばスカイラインを例にとるとわかりやすいかもしれないが、1967年にデビューしたハコスカこと3代目C10型以来、6代目R30型まで一貫してフロント=ストラット、リア=セミトレのサス形式を踏襲し、エンジンは直6SOHCのL20を搭載する。

FS5W型と呼ばれたトランスミッションが組み合わされ、リアデフはR200型と、基本骨格はずっと同じだったのだ。

さらに言えば、85年にモデルチェンジしたR31型ではエンジンこそ新開発のRBシリーズに変更されたものの、前後サスはストラット/セミトレを踏襲。

89年に登場するR32型で4輪マルチリンクサスに一新されるまで、実に4世代、22年にわたり「プラットフォーム」が継続されたと考えられる。

スカイラインはその後2001年にV35型となり、この際「FMプラットフォーム」と呼ばれるプラットフォーム概念を取り入れた。

このプラットフォームはショートホイールベースにも対応し、スカイラインクーペ、さらにはフェアレディZにも展開されている。この「展開性」こそが現在のプラットフォーム概念ということになる。

今度はカローラで見てみると、大きな転機は1983年の5代目80系へのモデルチェンジ時代であったことがわかる。

4代目70系まではフロント=ストラット、リア=リジッドアクスルのFRだったものが、80系で4輪ストラットのFFへとガラリと一新。ただし、この時点で「プラットフォーム」という概念はなかった。

トヨタが面白いのは、カローラシリーズを一気にFF化することに慎重となったところ。レビン/トレノシリーズだけ信頼性ばっちりの旧型70系シャシーで残置し、これに新世代のDOHCエンジン=4A-G型を組み合わせた。

トヨタとしてはこの時点で特に意図したものはなかったはずだが、結果、貴重なFRスポーティモデルとなったことで現在の「トヨタ86」企画につながるのだからプラットフォームのキャリーオーバーというのも面白いものだ。

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