今年の10月、横浜の港南区で小学生の列に軽トラが突っ込んだ。運転していた87歳のドライバーは「ゴミ捨てに家を出たが、戻れなくなった。その間どこを走っていたか覚えていない」と勾留中の取り調べに対して答えている。
そしてその1か月後、今度は東京立川市の病院の敷地内で83歳の女性が運転していた車が暴走。30代の男女2人がはねられ死亡した。運転していた女性は、ブレーキを踏んだが車が止まらなかったと話している。
どちらも悲惨な事故に変わりはない。しかし近年、問題になる高齢者の交通事故は、このまま指をくわえて見ているだけでは解決しない。
これからの少子高齢化時代を迎えるためにも、解決策を見出す必要があるはずだ。では、実際どのくらい高齢者の事故が増えているのか。
例えば、平成17年の全国の事故件数は8万633件。それが年々下がり、9年後の平成26年には3万7184件。実に半分以下になっている。
ところが高齢運転者が関与した事故の構成比は、同じ平成17年と26年を比べると、事故件数の中で占める割合は10.9%→20.4%と約1.9倍に増えている。この事故のうち、原因で最も多いのが「安全不確認」。その割合は30.9%に上る。
こうした事態を受けて、警察庁は来年3月施行の改正道路交通法で、平成21年から始めていた75歳以上のドライバーが免許を更新する際の高齢者講習の認知機能検査で「認知症の恐れがある(記憶力・判断力が低い)」と判断された場合の対策を強化する。
医師の診察を受け認知症と診断されれば、免許の取り消しとなり、受験しない場合も同様に停止や取り消しになる。
さらに75歳以上のドライバーが、逆走や一時不停止といった違反を起こした場合もこの認知機能検査が義務付けられる。つまり、高齢ドライバーへの規制がより強化される形になる。
これまでは「認知症の恐れがある・第一分類」という場合でも交通違反がなければ免許取り消しがない上、それよりも症状の軽い「認知機能低下の恐れがある・第二分類」、「認知機能低下の恐れはない・第3分類」の対象ドライバーには、違反をしても次の免許更新まで認知機能検査を受ける必要がない、という甘さがあった。
この問題を指摘され、第一分類であれば交通違反がなくても医師の診断を求め、第2、第3分類についても違反があれば診察を義務付けるという内容に変わるわけだ。
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平成21年から行われている高齢者講習とは
警察庁は、高齢者を年齢で2グループに分けている。ひとつは70歳から74歳まで、そしてもう一つのグループは75歳以上の人たちだ。
このグループによって講習内容が異なる。その違いは次のようになっている。
70から74歳(高齢者講習)
- ビデオなどで、交通ルールを再確認する。
- 機械を使って、動体視力や夜間視力などを測る。
- 車を運転して、指導員から助言を受ける。
- 危なかった点などを話し合う。
75歳以上<(講習予備検査(認知機能検査)、(高齢者講習)>
- 検査結果を講習に役立てる。
- ビデオなどで、交通ルールを再確認する。
- 機械を使って、動体視力や夜間視力などを測る。
- 車を運転して、指導員から助言を受ける。指導員は、検査の結果に基づいて助言する。
ちなみに、この高齢者講習、免許書き換えとは別に費用はかかり、70歳から74歳対象の講習のみが5600円、75歳以上の人対象の講習+検査費用が5850円となっている。
講習は、座学、適性検査、教習所内での実車講習、3つのカリキュラムで行われる。そして高齢者講習は、免許の更新と同時にできるものではなく、免許証の更新期間が満了となる6か月前から講習を受けることができる。
また講習予備検査の結果は、
- 認知症の恐れがある(記憶力・判断力が低くなっている)
- 認知機能低下の恐れがある(記憶力・判断力が少し低くなっている)
- 認知機能低下の恐れがない(記憶力・判断力に心配ない)
と3つの判断方法で判定される。さて、ここまでは来年からさらに厳しくなる高齢者ドライバーの対策を紹介してきたが、はたしてそれだけで問題は解決するのだろうか?
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新道交法施行でも残された問題
まず最初に考えなければならないのは、一口に認知症と言ってもその症状は人により様々ということ。
俗にいう「まだらボケ」は、1週間前は大丈夫だったのに、今日は認知症の症状がひどく現れている、という場合だ。
こんな人が、頭がはっきりしているときに認知機能検査を受けてパスしても、1か月後ハンドルを握った時認知症が現れたらどうするか。
これまで行われてきた認知症診断だが、それは免許証更新ごとに高齢者が受けるもの。しかし、そのやり方では3年間認知症の疑いがある人が放置されるだけではないのか。
そうなると高齢ドライバーに対する罰則を強化するというのではなく、抜本的な高齢者対策の見直しが必要になるのではないだろうか。
そしてもう一つの大きな問題は、生活するうえで車が必要となる人たちへのケアである。大都市に住んでいれば地下鉄、バスと言った交通手段もあるが、地方へ行けば、病院や近くのコンビニに行くのでさえ車を使わなければならない環境の人が全国至る所にいる。
そういう環境に住んでいる高齢ドライバーから車を取り上げられるのだろうか。現在、75歳以上の免許保有者は全国に約163万人いる。
そのうち昨年、免許更新時の認知機能検査を受け、「第一分類、認知症の恐れがある(記憶力・判断力が低い)」と判断された人は約5万4千人。
しかしそこから先の医師の診察を受けた人はたったの1650人で、免許の取り消しや停止になった人は約550人しかいない。高齢ドライバーが、いかに免許を手放したくないかを如実に表した数値と言える。
もちろん来年から規制が強化されれば、運転免許証を返上する人や取り消しになる人が増えるだろう。
一方、今回の道交法改正を受けて、医療機関も不安視する。ある認知症関係者は、「今回の法改正で年間5万~6万人もの高齢者が受診を義務付けられると予想されますが、十分に対応できるか心配です。それに患者さんから逆恨みされるんじゃないかという心配もあります」と語る。
警察庁によると、認知症の専門医は全国に約1500人。専門医以外でも診断できるようなガイドラインを定めているが、認知症は頭の中の問題、果たしてそれでうまくいくのか。
まとめ
- 認知症の恐れのあるドライバーへの規制が強化される。
- ただし、免許を失った高齢ドライバーのケアが十分に配慮されていない。
という両面が見て取れる。
この問題を解決するには、行政の指導以外に自動車メーカーの協力がやはり必要になるのではないだろうか。
今自動車メーカー各社が推し進めている自動運転も将来的には役立つはず。しかし、その実現にはまだまだ時間がかかる。
今必要とされているのは、緊急的でもいいので、死亡事故を防止できる高齢ドライバーへ対処したシステムだ。
例えば、エンジンキーに何らかの仕掛けをして一定の条件をクリアしなければエンジンがかからないようにするとか、スマホのGPS機能を利用して高齢ドライバーの行動を監視して対処する、などの方法だろう。
もちろんこれにはお金もかかるし、人手もかかるし、時間もかかる。しかし、こういった問題をひとつずつ解決していかない限り、日本の車社会の未来は無い。